2016年4月5日火曜日

背中越しにセンチメンタル

2016年も4月になってしまいました。
4/3には舞洲クリテリウムに参加して、日を同じくして「NoonTracks」というイベントもありました。
そのどちらもでSAUCE CYCLEの自転車を公開、展示して好評を得ることができました。

というお仕事の話。

舞洲クリテ、E2-1組目。

E2にはゲンタツさん、アキオ君に自分と3名がエントリーしていたのだけど、僕は一人の組にあたってしまった。(ゲンタツさんとアキオ君は2組目)
そして、圧倒的な力を持っている岬町クリテで昇格してきた平地マンこと設楽君(ネクストリームうどん棒)が同じ組にいる。

正直、春が近づいて仕事が忙しくなってきたかな~っていうのもあったり、あとは精神的にあんまり調子が良いとは言えなくて、西チャレで5位に入ってからというもの全く練習ができてない。

西チャレから舞洲までの3週間。
まともに乗ったのは岡山からスーパー高校生K(春から社会人)と走った2日間だったかな。
それも千切られまくってボロボロだったんだけど・・・。

なんで必要以上に忙しかったかというと、やっぱりTRITONの企画を進めてたからかも知れない。
正直書ききれると思ってないから簡潔に書くけど、これが僕の求める最高のクロモリロード。

It's my Baby。
自分の子供が生まれたような気持ちでできあがったフレーム。
願うなら色んな人に乗ってもらって、色んな人が「良いね」って思ってくれるバイクだったら嬉しいな。
そのためには色んな人に知ってもらわなきゃならん。
ということで昨年のうちから三上君と相談を進めながら、彼から「クロモリで走る」と言ってもらえて鬼に金棒。宣伝担当にこれほど頼もしい人はなかなか居ない。

塗装屋さんからレース前ギリギリでなんとか仕上げてもらい、僕も合わせて急ピッチで作業をする。
木曜日の晩に納車して、三上君にはニューバイクを慣らす時間は土曜日しかなかった。

ほぼぶっつけ本番とも言える状況で、三上君はE3で入賞。
そして三上君のTRITONを急遽レンタルして走ったアキオ君はE2で2位。昇格。

やったぜ。


他にもE1ではアタルちゃんがTT、クリテとダブル入賞。大分から遠征してきた高校生のフクベ君もE3で2位に入り昇格。
SAUCE DEVELOPMENTは自分含めて5人が入賞する快挙で万々歳。
本当にありがとう。

話を戻して自分のレースのお話。

練習をまともにしていない自分の作戦は3つ。
・プランA - 最後まで温存してゴール勝負
・プランB - 平地マンの逃げに乗っかて一緒に逃げる(たくさん引いてもらって優勝は譲る)
・プランC - どこかのタイミングでアタックして場を盛り上げる

プランC、した所で逃げ切りは厳しいし、体力の消耗も厳しいので即却下。作戦はAかBというのはスタートの時にすでに決めていた。

AVELのレジェンド阿部店長と一緒に最後尾からスタート。集団にいるとインターバルが無駄にかかるので、様子をみながら少し離れながら一定ペースで身体を温めながら走る。
序盤で落車があって絡まりそうになったけど、転びはしなかったのでそのままレースを続ける。

7周ごと?のスプリント賞は全捨て。最後に賭ける。集団のケツで悠々と走りながら周回をこなす。
全25周回もあるし、ラスト10周からポジションを上げていくとレース中に決定。
うまいことレースが進んでいるなと思っていたら、半周先に平地マンが単独で逃げている。なんてこった。笑

集団が追走する気配も無く、既に追いつけそうもない状況。やっぱりゴール勝負だ。(2位狙い)
周回数が5・・4・・3・・2・・1とカウントしながら最終周は10番手ぐらいで入る。
スプリント力の無い僕が入賞するとすれば、バックストレートが勝負。

先頭まで出きらない所で狙い澄ましながら、バックストレートが半分近くなるまで粘る。
ちょっと早かった気もするが、集団がお見合いした瞬間にアタック敢行!

最終コーナーに知り合いがたくさんいて、めっちゃ湧いてる。これはいいぞ!と思いながら突っ込んでいくとまさかのコーナーでミス。膨らみすぎた。
そこで2名にパスされスプリントで粘るも、一人に刺されて4番手ゴール。1位で平地マンが先にゴールしているので順位は5位。

(写真はシクロワイアードより。photo by 辻啓)

E1で長いこと走ってた気がするけど、BR-3、ER、BR-1とか色々カテゴリーの名称に変化はあったものの、振り返ってみると実業団レースでちゃんと入賞したことは無かったな~。

レースの内容的に、先頭に立ったのは本当に最後だけで、他の知り合いや仲間たちの熱い走りを見ていると胸が苦しくなるような内容のレース運び。
でもSAUCEの入賞数を増やしたかったし、とりあえず昇格したかったし、今できる体力で最善の走りをしたつもり。
他にも集団で足を溜めてる人は何人も居たし、最後だけはしっかり頑張ったと思ってもらえたら嬉しいです。

いつもの感じだと1年か2年に1回ぐらいのペースで入賞ってのが最近の感じだったけど、今年は代走の堺浜クリテの入賞、西チャレの入賞、そして舞洲の入賞で3連チャンで入賞。

速くなった実感も無いし、練習もできていないし、この好成績は自分にとって出来過ぎか。AACAで色々トライできてるおかげかもしれないし、走りのセコさが増しただけかもしれない・・・・。
優勝するような真の強者とは違うけど、それでも運良く入賞できてることはやっぱり嬉しいな。

チームも盛り上がってる、自分も入賞できて嬉しい、仕事も悪く無い。
でも、胸にポカンと穴が開いてしまった春でした。




声にならないけれど あなたの名前 呼んでみた

2015年12月2日水曜日

シクロクロス


野辺山に来た。
自身2度目となるスーパークロス野辺山。
ちなみに1回目は2013年で、それほど良い走りはできなかったので相性的な印象はよくない。

そしてこの大きなお祭り、シクロクロス自体の盛り上がりも感じてちょっと振り返りたくなった。

「オフロード」との出会い。

(2011 由良川)

それは2011年までさかのぼって、僕が大阪の地にやってきて半年ほど経ったとき。

「ロード一辺倒」と言って微塵も間違いのない自転車人生だった僕には、ストリートカルチャーもオフロードカルチャーも無く、特にオフロードは本能的に近寄りたくないぐらいだった。
2011年っていうタイミングは、国内でシクロクロスが爆発的に盛り上がる直前と言えるぐらいの時期かな?

「とりあえず乗ってみてよ!」と近藤さんから気軽な感じでイギリスのSingularというバイクを乗らせてもらえる話を頂いたのが僕のオフロードの始まりである。

初レースのレポート、そして同レースに参加していたTKCproductionsのテイスケさんのレポートを今振り返ってみても面白い。
オフロードでビンディングシューズすら恐かった自分はスニーカーで走り、トップから遅れること3分の13位でゴール。テイスケさんは6位と上々で、実はこの時から未だシクロクロスのリザルト上で勝ったことがないので早く追いつきたいと常々思っていたりする。
(2012-2013 堺)

最初の11-12シーズンは先の由良川のレースに出て、堺にも出たけど全然ダメだった。笑

翌年12-13シーズンからムーブメントジャージでレースデビュー。くろんど池で目標の3位入賞を果たして、堺で昇格するための段取りは整った。
念願の地元レース堺ではロード用のRolfのカーボンまで投入してC3で優勝することができた。写真はシクロワイアードに掲載されたやつ。
(その時2位だった井上君をトレーニング指導してプロツアーまで昇格させるとは微塵も思わなかった)

(2013-2014 マキノ高原)

C2に昇格して浮かれていた自分に現実を突きつけられたシーズン13-14。

そもそもオフロードをしてこなかったのは何故か?
興味が無いからではない。それは自分が絶対に苦手だと本能的に感じていたから。

C3レベルでは自分程度のパワーでもなんとかなったが、C2からはそう簡単にはいかせてくれない。
(2013-2014 野辺山)

「シクロクロス」というものは、誰でも楽しむことができる自転車イベントだと思う。

しかし、マウンテンも含めて上を目指す者に突きつけられることが何となくある。
オフロードは実力を騙すことができない。

無論、オンロードよりも体力が消耗するのがまず第一。
ロードバイクのように集団を利用して体力を休めることもまず出来ず、休めるようになるにはコースを上手く走るテクニックが無いと体力を消耗するばかり。
基本的に周囲の中をうまく立ち回ってロードを走っている自分からすれば、「体力が無いのがバレるではないか!」という状況。

そして目まぐるしく変わる路面状況、砂、砂利、泥、草。
バイクのセッティング、例えばタイヤの空気圧をどの程度にするかで天と地ほどの差が出てしまう。
オフロード経験の浅い自分には毎戦が手探りだった。
荒れ狂う路面でもバイクをコントロールするフィジカルが求められる。

体力(フィジカル、パワー)、頭脳(判断力、精神力)、技術、機材。

自転車に求められる全ての要素が必要とされてしまうのがオフロード競技なのだと思う。
だからこそオフロード出身の選手は基本的に強い。

自分が弱いことをわかっていたからこそオフロードに踏み入れることができなかった。

(2013-2014 桂川)

現実を受け入れられないレベルで不振だったC2初シーズンは、C3降格すら濃厚だった。
相性が良いのかわからないが、最終戦の桂川で1発で残留が決まるというミラクル。

レースに出るからには最善を尽くしたいと思う性分から、ホリさんのバチバチに組まれたカーボンフォークのExtarprotonを借りて出たのだけれど、めっちゃ良かったのはレースのリザルトも物語っているような気がする。ロードでもシクロクロスでもなんて気持ち良く進むのだろうか。

使わなかったシンギュラーに心が痛みながらも、機材に対する探求も深まってくる。

14-15シーズン開幕前夜あたりで新しいバイクを組み上げた。こっちのブログで紹介するのは初めてだったかもしれない。


MADE IN USAのカスタムビルドフレーム。
ナイトーさんから紹介を頂いて自分用に1本オーダーさせてもらった1本。
これもまた、自分には勿体ないぐらいの綺麗なフレーム。
しかも、現地のチーム"Stampede"のカスタムカラーというフレーム。もちろん他に日本人ライダーが所属しているわけでもなく、日本にこのカラーリングを乗っているのは自分しか居ない。

この幸福感も感じつつ、この貴重なフレームに乗れることが少しプレッシャーでもある。笑

そして最後に紹介すると、MADE IN USAだからと言ってオーダーが難しいことが全く無い。
何故ならばビルダーのNaoさんは日本人であるから!もちろん日本語でやりとりができる。

日本人らしい(その中でも特に人間性を感じる)繊細なフレームビルディング。
正直なところ、他の日本人ビルダーを見てもここまで"美"と"機能"を感じさせてくれる人はいない。


(2014-2015 岬町)

ニューバイクにはテイスケさんがサポートしてくれたGevenalleのコンポーネントを付ける。
こちらからTwitterで使わせて欲しいとアピールしたところ、奇跡的にサポートしてもらうことができた。ありがとうございます。

軽さやトラブルの少なさ、そしてフレームに見合うカッコ良さを考えていたらたどり着いた結論がそのギブネール。賛否両論のあるシフター構造だけど、自分にはとても合っていてサポートしてもらう前よりも格段に気に入って使っている。

どうしてもシルバーのクランクを付けたかったので、それに似合う貴重なレバーでもある。
(2014-2015 桂川)

ニューフレームにニューコンポ。
そんな恵まれたシーズンであったにも関わらず成績は全く振るわず良い所なし。
ろくにレポートを提出できる内容すらない。

そんな自分に対してナオさんもテイスケさんも苦言すること無くシーズンが進む。
プレッシャーしかない。笑

前シーズンと殆ど変わらない残留権が中々取れない展開の中、結局また桂川で1発残留を決める。2年連続なので「もう桂川だけでいいやん!」、「ミスター桂川」とまで言われ始めるなど。

追い詰められたので"寒くてもレースでは半パン"等のこだわりは目をつぶり、ネックウォーマーまでして走った。
タイヤも泥でグリップが強すぎたWTBのタイヤではなく、フロントだけパナレーサーのCG CXのクリンチャーで走るなど兎に角こまかい事までこだわった結果があったと思う。(リアはWTBのまま)

その後のさぬきクロスではC2で表彰台目前の4位になって、気持ちよくシーズンを終えた。
 

そして2015年の幕開けをスーパークロス野辺山で迎える。

ランダムで選ばれたスタートリストではゼッケン203。最前列スタートだ。
この方まだC2で前列スタートをしたことがないので、無駄にプレッシャーを感じてしまう。

シード権が無いので、いつも後方から追い上げるばかりのレース。
先頭から出たらどれだけ楽にレースが走れるだろうか?
いきなり表彰乗ってしまうだろうか?と妄想ばかり膨らむレース前。


「ゼッケン順だから落ち着いていっても大丈夫」という謎の過信から、レース直前にトイレに行っていたことが裏手に出てしまい、まさかの整列終了。最後尾スタートが確定してしまう。

念願の先頭スタートチケットは消え去り、結局いつもの状況。

逆にプレッシャーは吹き飛んで消えたかも知れない。
SAUCE DEVELOPMENTのチームメイトである愛知のコジマ君も最後尾スタートだった。
一緒に頑張ろうと話ながら、いざスタートしたらパワフルに集団を縫ってどんどん順位を上げていく。もちろん僕はそれは見守りながら自分のペースをキープしてサヨナラ。
コジマ君は見えないところまで順位を上げていった。
あまりにも多い声援。
愛知のサークルズのメンバーや、SNSでのいろんな知り合いが「頑張れ!」よりも「何やってんだ!」、「本気出せ!」など激を飛ばしてくる。
余程酷い罵声でなければ声援をもらえるだけで頑張れる性格なので、楽しくて仕方が無い。
ここまでニヤけて走っていたシクロクロスは初めてかも知れない。
本当にレース直前までタイヤの空気圧などは迷った。

得意の舗装路で勝負するために高めで行くか、苦手なデコボコを走りやすくするために低圧でいくか。とにかく迷った。
2気圧を切る低圧にすると、チューブレスのエア漏れのリスクも高くなるから不安材料は多い。

適当に決めたけど、多分1.6気圧ぐらいで最終的に決まった。
舗装路よりもコーナーやデコボコの方が多いから、そこをなんとかしなければならないと。
前回の野辺山はフライオーバーでやらかしてしまいレースをダメにしたが、今回はそうならないパーツアッセンブルになっているから安心して突っ込めた。出口のところが走りやすくなっていたのもあって落車する人も少なかったね。
マイペースで順位を上げながら、ガッチュさん、間野さん、ブルーラグの人らを抜いていく。
すると先にはシャカリキ京都のオグーさん。何かと人気のあるオグーさんは憧れの対象でもある。
しんどそうだったので「今日は調子が悪いのかな?」と思いながら数コーナーを経てパス。
今日はオグーさんに勝てたから良いか!って思ってしまう。

すると次にはSNSでの知り合いの浅香さんに追いつく。2年前の野辺山のゴールで競り合ったので、今回も負けるわけにはいかない!と内心思っていたり。
その更に先に進むと、一緒にスタートしたはずのコジマ君がいるではないか。
どうやら落車してペースが落ちていたみたい。だけど簡単に抜かせてくれるほど遅くもない。

むしろ低圧にしていたタイヤのおかげで、舗装路の上りであっという間に離されてしまう。
でも今回はタイヤの調子がすこぶる良かったのでオフロードであっさりと追いつくことができた。
前回の野辺山で散々苦戦していたコーナーも今回はかなり改善した走り。
それが何より気持ちが良かった。
バイクコントロール、体重移動、タイヤの選択、空気圧。
いろんな要素が重なり合いながら、それら全てが上手く回り始めているのを実感できた。

と言っても、試走でザック・マクドナルド選手の後ろを走っていたら見事にひっくり返ってしまったのでタイヤの空気圧だけでなくバイクコントロールなど色々と自信が無くなってしまっていたのだけれど。。。
結局最後1周半ほど抜いたり抜かれたりしながら最終コーナーに突入。
イン側から攻めたが、イン側はぬかるみもあってよく落車しているライン。
とりあえずスリップせずコーナーを抜ける、、
さぬきクロスの4位はスプリントで差し返された苦い記憶があったので、勝つべく若干ラインを塞ぎながら最後のストレートへ。。。 
なんとかゴールは先着できて、チームメイトとのレースの中のレースに勝つことができ、しょうもない威厳を保つことができた。(実際は不明)
ゴール後に記念撮影。

ゴールしてみれば順位は25位と、64名出走から約40人ほど抜いて上がってきた様子。
ラップタイムも9:48、8:19、8:07、8:00、7:48と最終周に向かって全てタイムが早くなっていた。
もちろん後半になるにつれて渋滞が無くなるから走りやすくなるわけだけど、C2で3位に入った選手の最速ラップも7:40なので自分としてはかなり好感触。

野辺山のラップタイムが伸びてくるとは前回参加の時を思えば全くの予想外。
1年乗ってフレームの感触に慣れたっていうのもあるかも知れないし、自分の技術や経験が成長したのかも知れない。

どちらにせよ順位以上の手ごたえを感じることができた野辺山。
今回は走りの方にフォーカスしてしまったけれど、イベントとしてかなり濃い楽しいイベントであったことは一緒にいた人たちとは何も言わずとも共有できているのかなと思います。

苦手なオフロードを頑張ることは、自分の自転車全ての底上げにも繋がる。
そんな事を感じながら、僕の2015-2016シクロクロスシーズンの幕開けです。

2015年6月30日火曜日

忍びの才能

今年もロードレース日本チャンピオンを決める戦いが繰り広げられた。
残念なことに、自分はまだその場に立ったことはない。
応援にもメカニックにも行ったことがないあたり非国民と言われるのではないかとビビる毎年。

今回ひとつ違うところがあるとすれば、云わば弟子的な存在の彼がこの戦いの地に立ったのである。

彼とは、今年からロードレースJapanProTourに昇格して頑張っている井上君だ。
彼から、「パワーメーターを買う代わりにコーチングをお願いします。」と懇願されたことが始まりでトレーニングの指導が始まった。
指導には時間も取られるし、自分に指導の経験もないからほとんど渋々といった感じであったがお互い手探りで駒を進めて行った。

この10年間ほどで本当にたくさんの選手を見てきたけれど、
全日本選手権のスタートラインに立っている選手の中でも才能という面ではかなり低いレベルにある。
才能というか、センスというか。

基本的に単細胞的な印象が強くて、あれもこれもと器用にこなせるタイプではないことは分かった。
そして人の動きや雰囲気を読みとるセンスが光っているわけでもない。
正直、走りのテクニック面だけで言えば自分の方が優れているのではないかと思うほどに。
それでも彼は腐る事なく、日々鍛錬を欠かさない。
もうちょっと休めば?と言ってもあまり休もうとしないぐらいの勤勉さがある。
ので、さすがに休みが必要だと思わせるほど疲れさせるメニューをこなさせて休ませることも度々あったりする。

その真面目な姿勢のおかげで、昨年僕と同じE1カテゴリーを走っていた彼は
見事に何度かの入賞を経て今年からJPTというプロカテゴリーで走れる機会を得ることができた。
本当に不器用なので、レースごとの特徴に合わせることも毎度苦労していて、
さらにはカテゴリーアップの変化も相まって今年前半戦はとても厳しい状況だった。
自分が備えてきた実力に対して圧倒的に自信の弱い彼のために、
全日本前に何度か練習に付き合ってあげた。
なかなかデータばかりで直接走りを見る機会が無かったので、色々と指摘するところがあったが、
そのおかげか全日本を直前にかなり調子を上げることはできた様子でよかった。

しかし、一緒に走ったことで体力やパワーの圧倒的差を見せつけられ、
逆に自分の弱さを突き付けられてしまって少しショックを受けざるをえなかった。めう。

そして当日、
中継に耳を傾けながらトップチームに食らいついて走る彼の戦いに胸が熱くなった。
全然アカンか、完走してしうまうかのどちらかかな、と予想していたので期待も膨らんだ。
何度かのトラブルがあってラスト1周を残してタイムアウトとなってしまったけれど、
内容を後から聞けば頑張ったねと評価してあげたいと思った。

いつも精神力の弱さから、自分のリミッターを外せないタイプの凡庸な人間。
そんな彼がいつも以上に脚を攣りながらも耐え、食らいついて走っている姿には少し震える。
僕自身もツールドおきなわというレースで同じような脚を攣った経験があるので、
ああ、あそこまで頑張ったんだなと上から目線で評価した。
もちろん、走っているレベルは彼の方が上の土俵なのでお間違いなく。 
「私の才能を見抜く力は誰よりも確か…。あの子は私の目から見れば凡庸そのもの。」

「フッ…だからこそだ。ワシは"うちは"のガキなんていらねーよ。始めからできのいい天才を育てても面白くねーからのォ。」

「かつての自分を見ているようで放っておけないってワケ?生まれつき写輪眼という忍びの才を受け継ぐ"うちは"にあの子は勝てない。なぜならナルトくんは写輪眼を持っていない。忍びの才能とは世にある全ての術を用い、極めることが出来るか否かにある。…忍者とはその名の通り、忍術を扱う者を指す。」

「忍びの才能はそんなとこにありゃしねぇ。まだ分からねーのか…忍者とは、忍び堪える者のことなんだよ。」

「見解の相違ね。」

「ひとつてめーに教えといてやる。忍びの才能で一番大切なのは、持ってる術の数なんかじゃねェ…。大切なのは、諦めねェど根性だ…!」

-NARUTO 19巻より

* - * - * - *

全日本選手権ロードレース2015 Men's ELITE
井上選手 約67位/146 (うち完走64名)

失敗したこと、ダメだったこと、人に迷惑をかけたこと。
色々あったと思うけど次に次にと改善していったら周りも認めてくれるのではないかな。
これからの成長に期待。